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第1種(社会人・一般)

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一般のあゆみ

【一般の部の概要】

 日本サッカー協会の登録種別「第1種」に該当する社会人のチームを深谷市サッカー連盟では、「一般の部」として位置づけ各種大会等を実施しています。

現在は、埼玉県社会人サッカーリーグ/2部に所属する深谷クラブを筆頭に、深谷地区ブロックリーグを構成する9チーム(Mario Brassieres、パパイヤFC、ラガッツォ深谷、BLACKDJ、深谷球社会、SC 深谷、BUDDHACLUB SEPIAFC KKW)、そして、市連盟のみの登録となる深谷市役所サッカー部の合計11チームが登録しています。

4種は「少年団」や「少年連盟」、第2種は「中体連」、第3種は「高体連」、そして、それぞれの「クラブユース連盟(U-12U-15U-18)」などというように、カテゴリーごとの運営体制が整っている状況の中で、社会人については県の社会人連盟が統括することになりますが、市町村単位では、その体制整備に差があり、組織化されていない団体については、自然と市町連盟、或いは協会そのものが「社会人」の運営に携わることになります。

深谷市の場合も同様のケースで、このようなことから連盟の事業の多くは「社会人・一般の部」を中心としたものとなっています。

 

【チーム数の変遷】

一般の部の歴史を見てみると、故小島欽一前会長の記した資料によりますと、連盟創立当初は深谷商業高校OBと深谷クラブの2チームに過ぎず、試合も専ら他市町村のチームを招待したり、遠征したりするなどして行っていたということです。

昭和40年代、深谷工業団地の完成後は、工場の進出とともに各工場のサッカー部が次々に加盟するようになりました。昭和42年にはスカイアルミニウム(現古河スカイ)、東芝深谷、サンウェーブの3チーム。昭和44年には深谷市役所にサッカー部が誕生し、昭和46年には日東電工、昭和47年には日本クロス(現ダイニック)、長谷川香料が加盟し、昭和50年、豊里FC、昭和51年、東京ワックスFCがそれぞれ加盟しています。

しばらくの間、加盟チーム数は7チーム前後で推移していましたが、創立初期の少年団の卒団生たちが社会人となり始めた昭和から平成にかけての数年間にチーム数も急増してきました。

年度ごとの加盟チーム数は、別表のとおりですが、昭和61年は7チーム、昭和62年には6チームだったところ、昭和63年は9チーム、平成元年は10チーム、平成2年は11チームと増加しています。Jリーグ発足を間近に控えた平成3年には15チームを数え、平成4年は14チームと1チーム減となりますが、Jリーグ開幕の平成5年には、再び15チームとなり、Jリーグ人気も後押しし、平成6年には19チーム、平成7年は21チームと、10年間で約3倍の数となりました。そして、平成9年には25チームとなりピークを迎えますが、その後は少子化の影響もあってかチーム数も年々減少し、現在の11チームとなっています。

 

【大会、成績等】

○埼玉県リーグ

一般の部の大会の概要、成績等を見てみますと、昭和46年度、埼玉県に埼玉県リーグ、各地区ブロックリーグの制度が発足し、本市においても深谷地区ブロックリーグを主管するようになりました。

ブロックリーグ発足5年目の昭和50年度には、東芝深谷が県リーグ2部に昇格しています。その後、チーム事情により、残念ながら昭和54年度に廃部となってしまいましたが、昭和62年度からは、深谷クラブが県2部リーグに昇格。その後、平成7年度には2部リーグを制し、平成8年度、県1部リーグに昇格。同年、全国社会人サッカー選手権大会にも出場しています。平成12年度には、一時ブロックリーグへ降格するものの、翌年度には、設立されたばかりの県3部リーグ/北部地区に昇格、その後順調に昇格し、平成18年度には再び2部リーグで優勝。翌、平成19年度には、再度1部リーグに昇格していますが、残念ながら今年度は、2部リーグに舞台を移しての戦いとなっています。

その他、平成12年度には、FC SALONDE・アイからチーム名を変更した深谷SCが、県2部リーグに昇格するものの、チーム事情により、翌年度にチームは解散。平成13年度には、深谷クラブと同時にFC深谷が県3部リーグに昇格し、平成15年度までの3年間、県3部リーグで活躍していました。平成18年度には、深谷球社会が登録2年目にして3部リーグに昇格し、続いて、平成19年度には、パパイヤFCが昇格。深谷地区からは3部リーグに2チームが在籍していましたが、健闘空しく、平成20年度は両チームともブロックリーグでの戦いとなっています。

○深谷地区ブロックリーグ

市内の状況を見ると、リーグ発足後は、ブロックリーグ決勝大会(県リーグ昇格決定戦)への出場枠「1」を競って熱戦が繰り広げられてきました。決勝大会への出場枠は、原則として8チームに1代表枠で、特例として、7チームの場合にも1代表が与えられることから、参加チームが14を超えると2代表枠が与えられます。

チーム数の増加に伴い、平成3年度からは2代表となり、試合方法も、総当り1回戦の方式から、1部、2部制、或いはA、Bに分かれた2リーグ制や当時の県リーグの前期、後期制を取り入れるなど、試行錯誤の中、大会を行ってきました。

現在は、前期、後期制により、春から秋にかけてリーグ戦を展開していますが、決勝大会への出場枠は、チーム数の減少により、「1」となっています。

○深谷市サッカーリーグ

年数を経て、一般の部の登録形態にも変化が生じてきました。リーグ発足当時は、県リーグ昇格を目指しての大会ということで、そのほとんどのチームが県リーグ、関東リーグへの昇格を夢見て大会に臨んでいましたが、チーム数が増加する中、「勝敗に関係なく、サッカーを楽しみたい」、「日本サッカー協会の登録費は、高すぎて払えない」といった意見が多数寄せられました。賛否両論はあったものの、協議の結果、日本サッカー協会登録を行わない、公式戦(ブロックリーグ、天皇杯予選など)には出場せず、市内の大会だけに参加するチームの登録を認めることになり、平成11年度、深谷市サッカーリーグが発足、市内だけのリーグ戦が開始されました。

しかし、深谷市リーグは、その後チーム数の減少と、「全てのチームが日本協会登録を」という、登録制度に対する考え方の方向転換により、平成15年度をもって廃止しています。その後は、市民サッカー祭への参加は、市内のチームであれば認めようという救済策により、市連盟登録のみの登録も認めています。

○市民サッカー祭

連盟創立の昭和33年に第1回大会を開催しました。その後、小学生から壮年まで、カテゴリー別に実施しています。一般の部は、ブロックリーグ終了後、県リーグ、ブロックリーグ、市連盟のみの登録チーム全てを対象に実施しています。近年、参加チーム数の減少が目立つのが少し残念です。

○深谷スーパーカップ

平成3年に来深した西ドイツ(当時)のサッカーチーム・Spvgg.1922エルトヴィレからいただいた記念カップの争奪戦として、平成5年度から、シーズンの開幕を迎えるイベントとして実施しました。前年度のブロックリーグと市民サッカー祭の優勝チームの対戦で、初代優勝チームは、平成4年度の市民サッカー祭の覇者、深谷クラブとなっています。深谷クラブの2年連続の優勝により、記念カップは深谷クラブの永久保持となり、同時に大会も休止となって現在に至っています。

○市町村対抗戦兼県民総合体育大会

県民総合体育大会・一般の部に参加しています。県民総体では、昭和37年度、昭和53年度に準優勝という輝かしい成績を残しています。

チーム編成は、選抜や単独チームなど試行錯誤を重ね、現在は、ブロックリーグ成績上位チームを中心としたチームで参戦しています。

最近では、平成12年度、平成14年度のベスト8が最高の成績となっています。

○彩の国カップ埼玉県サッカー選手権大会北部大会兼北部杯(天皇杯予選)

毎年11日、国立競技場で決勝戦が行われる天皇杯。アマチュアチームがプロのチームと対戦できる唯一の公式戦です。

その天皇杯に繋がるこの大会は、天皇杯の決勝戦終了後、1月下旬から既に全国各地でスタートしています。

埼玉県では、1月下旬から3月上旬にかけて、県内を東西南北4つの地区に分け、「彩の国カップ」(北部地区は、北部杯も兼ねる)として実施しています。

以前は、名称も「天皇杯・全日本サッカー選手権大会埼玉県予選」として行われていました。平成 年度には、FC深谷が準優勝、平成16年度には深谷クラブが優勝しています。

○全国クラブチームサッカー選手権大会

日本サッカー協会第1種登録の社会人チームのうち、全国リーグ(Jリーグ、JFL)、地域リーグ所属、及び自衛隊・自治体職員チームを除いたクラブチームによって行われる大会です。

各地域で活動している社会人チームを対象に、全国規模の大会を通して交流が深められるよう、平成7年度に創設されました。平成14年度までは、「トヨタチャレンジカップ」の名称で行われていました。

 

4地区の統合】

 13町の合併を受け、平成18年度、4地区の連盟・協会も統合しました。他の地区との兼ね合いもあり、市内、全てのチームが当連盟に登録しているわけではありませんが、そのような中、平成19年度には、川本地区の川本ユナイテッド2007が加盟しています。

他の地区では、岡部地区のFC岡ントスが県リーグ3部に、FC岡部1993が寄居地区ブロックリーグに、それぞれ寄居町サッカー協会登録チームとして参戦しています。

将来的には、市内全てのチームが当連盟に加盟してくれることを希望しています。

 

【現在の活動状況】

 現在、1年間のスケジュールは、次のとおりとなっています。

     4月〜11                            埼玉県社会人サッカーリーグ/2

     4月〜10                            埼玉県社会人サッカーリーグ/深谷地区ブロックリーグ

     6月〜7                全国クラブチームサッカー選手権大会埼玉県大会

     7月〜9                市町村対抗戦兼県民総合体育大会

     11                        ブロックリーグ北部地区決勝大会

     11月〜12            深谷市民サッカー祭

     11                        ブロックリーグ決勝大会

     1月〜3月      彩の国カップ埼玉県サッカー選手権大会北部大会兼北部杯


【これからの活動】

 ここに一枚の写真があります。

 平成元年311日、国立競技場での日本サッカーリーグ第 節、読売クラブ対日産自動車のハーフタイムの電光掲示板の写真です。

 スタンドがガラガラな様子がよくわかります。

 平成5515日、同じ国立で同じチーム同士による試合が行われたことは、皆さんの記憶に新しいことでしょう。Jリーグバブルと揶揄されながらも、その後の日本サッカーの飛躍は目覚しく、1998年悲願のワールドカップ出場、2002年には共催ではありますが、夢にも思わなかったワールドカップの開催、ドイツワールドカップでは、世界で一番にその出場を決めています。

 これら日本のサッカーを後押しするのは、全国のサッカーファン、サポーターであり、サッカーを愛する全ての人たちです。そして、我々各地域の協会・連盟にできることは、そのサッカーを愛する皆さんが、いつまでもサッカーから離れない環境、身近にサッカーのある環境を守り、育てることだと考えます。地域に根ざしたサッカーの環境が整えられることが重要だと考えます。

 このようなことから、深谷市サッカー連盟としては、誰もが、いつでも、いつまでもサッカーに親しみ、サッカーを続けられる環境を整えていきたいと考えています。

 

(表) 登録チーム数の変遷

年 度

チーム数

年 度

チーム数

年 度

チーム数

昭和53年度

平成1年度

10

平成12年度

24

昭和54年度

平成2年度

11

平成13年度

21

昭和55年度

平成3年度

15

平成14年度

19

昭和56年度

平成4年度

14

平成15年度

14

昭和57年度

平成5年度

15

平成16年度

11

昭和58年度

平成6年度

19

平成17年度

15

昭和59年度

平成7年度

21

平成18年度

13

昭和60年度

平成8年度

20

平成19年度

13

昭和61年度

平成9年度

25

平成20年度

11

昭和62年度

平成10年度

25

 

 

昭和63年度

平成11年度

23

 

 


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